文を敲く

読書記録とその他雑記。

カネは余らない

かつてヒトは姥捨て山や戦場などに様々な名目で捨てられていた。「人口は幾何級数的に増加するが生活資源は算術級数的にしか増加しない(マルサス)」ためヒト(需要)の数は常に過剰となりがちで需給調整が必要だったのだ。

日本では人口は減少が進行し、モノ(供給)は過剰となっている。しかし、供給体制の効率化は進展する一方だ。そのためリストラや統廃合などの名目でまたしてもヒトが捨てられる。

ヒトやモノも余り、カネも余っているとよく言われるが、シャンパンタワーやカジノに金を注ぐヒトはいても「どうだ明るくなったろう」と紙幣を燃やすような逸材の情報は耳にしない。カネは余っても捨てられることは無いのだ……。

と、いろいろ考えを巡らせてみたが、ここから先を考えるには未読の「貨幣論」なども読んでみる必要もありそうだと感じた。