文を敲く

読書記録とその他雑記。

理由なき犯行 -「冷血」

ミステリーにおいて、殺人事件では犯行の動機が添え物であるが一応用意されることが多い。動機がなければ大袈裟なトリックを仕掛ける必然性が薄まってしまうからだ。しかし添え物なのであまり深く追及されることは無い。一方で現実の事件では「カッとなってやった」に代表される曖昧模糊とした動機が飛び出すことも少なくない。本書はこの曖昧模糊とした動機の深層に迫ろうとした小説である。

重いテーマであるが意外とサクサク読めた。実在の事件をモデルに書かれているだけあって犯行現場の描写は生々しい。犯人はどうしようもなく共感しがたい人間として描かれてはいるが、それでも血の通った人間としての姿を見せるわけである。私が「冷血」となっていないのは、たまたま巡り合わせがよかっただけなのではないか。読後も謎は深まる。

ふしぎなキリスト教徒 - 「ぼくはどのようにしてキリスト教徒になったか」

「余は如何にして基督教徒となりしか」の現代語訳である。原著が英語で書かれたことは遅まきながら本書の解説にて初めて知った。定評ある新訳シリーズだけあって読みやすい。おそらく原著もそこまで凝った文章ではなかったはずだ。

内村鑑三キリスト教徒となったが、アメリカではキリスト教各派の差異に右往左往する。橋爪大三郎が本書に寄せた解説で手厳しく批判していた点が印象に残った。

金融政策 -「大坂堂島米市場」

世界史上もっとも早い時期に誕生した先物市場である大坂堂島米市場について記した本である。先物市場の誕生経緯や取引の内容が詳しく紹介されているだけではなく「先物市場に対して幕府はどのように向き合ってきたか」という渋いテーマについても史料を駆使して鮮やかに描き出されていることが本書の特色である。

江戸幕府の金融政策は小判の改鋳以外はあまりうまくいっていないイメージが強かったが、先物市場に対する政策はそれなりに機能しており、認識を新たにさせられた。「日本銀行前総裁 絶賛」とオビで謳うだけの魅力があり、個人的な「今年の収穫ベスト3」に挙げたい。