文を敲く

読書記録とその他雑記。2018年11月に「はてなダイアリー」から移転してきました。

イノベーションと少死社会

「後継者不足」「担い手不足」が叫ばれながらも一方で「儲からない」「しんどい」と潜在的な後継者を遠ざける言説が絶えず投げかけられる職業がある。彼らは本当に後継者を必要としているのだろうか。否。

機械化などのイノベーションによって事業に必要な人員は減少する一方なので、実はあまり必要としていないからだ。イノベーションは単純労働者と熟練労働者をお払い箱にするためにもっぱら活用される。残るのは経営者とその候補のみだ。リーダー以外は必要のない社会になりつつある雰囲気だ。

イノベーションが生まれやすい環境を作るには「多産多死」に寛容な社会にしなければならない。だが現在の日本は人口ピラミッドを見ればわかる通り、「少産少死」の社会である。夭折が減った日本は少子社会というよりは少死社会なのだ。「多産多死」がなじむかといえば疑問が残る。

少死社会は死が不足した社会だ。それは生贄が不足している社会であるとも解釈することが出来る。そのためか21世紀に入ってから日本人は生贄の代わりとして死を描いた物語を好んで消費するようになった。「世界の中心で愛を叫ぶ」「DEATH NOTE」「黄泉がえり」「おくりびと」「永遠の0」と思いつくままに死を物語のカギに据えた邦画のタイトルを挙げてみたが意外と多い。今後も増えるかまでは分からない。